歌ってみたを本格的に始めようとすると、最初にぶつかるのが「どのオーディオインターフェイスを買えばいいのか」という壁だと思います。僕も最初の一台選びには随分悩みましたし、相談に来てくれる歌い手さんからも一番よく聞かれる質問です。マイクやヘッドホンと違って店頭で音を聴き比べにくい機材なので、なおさら迷いやすいんですよね。今回は、初めての一台として僕がよく薦めている5機種を、実際の数値を見ながら比較していきます。
そもそもなぜ「安すぎる機種」を選ばないのか
まず前提の話から。オーディオインターフェイス(以下AIF)は、マイクの信号を増幅してパソコンに取り込み、モニターの音を返す、録音の入口になる機材です。1万円台の機種もたくさんあって、最初はそちらに惹かれる気持ちもよく分かります。
ただ、良いボーカル録音をしたいなら、その価格帯は僕からは積極的には薦めません。理由は主にマイクプリの質と余裕です。安価な機種はマイクプリの最大ゲインが足りず、声量の小さい人やダイナミックマイクを使う場面でゲインを上げきれなかったり、無理に上げた結果ノイズ(「サー」という底ノイズ)が目立ったりします。録り音は後から劇的に良くはできないので、入口にこそお金をかける価値がある、というのが10年MIXをやってきた僕の正直な実感です。
そこで今回は、2万5千円〜5万円ほどの価格帯から5機種に絞りました。同じシリーズでもSSL2MKIIに対するSSL 2、Scarlett 2i2に対するScarlett Soloのような下位機種があり、これらは確かにリーズナブルです。ただマイクプリの最大ゲインや入出力の数などスペックで見劣りするので、長く使うことを考えると上位側を選んでおくのが安心です。とはいえ最後はお財布と相談、というのも正直なところです。背伸びしすぎず、でもケチりすぎず、というバランスでこの価格帯を見てもらえればと思います。
おすすめ5機種のスペックや特徴
スペック表には難しい項目がたくさん並びますが、歌ってみたの録音で気にしてほしいのは大きく2つです。
ひとつはマイクプリのゲインレンジ。声を録るのに十分な増幅ができるかの目安で、数値が大きいほど声量の小さい人やダイナミックマイクにも余裕を持って対応できます。もうひとつはダイナミックレンジ。これは扱える音の大小の幅で、大きいほどノイズに埋もれず、息づかいのような繊細な表現まできれいに拾えると考えてください。どちらも「大きいほど余裕がある」と覚えておけば大丈夫です。
下の表は、その2つを中心に各機種の主要なスペックと価格をまとめたものです。価格はサウンドハウス、数値は各メーカー公称値を参考にしています。
| 機種 | 価格(税込) | マイクプリ最大ゲイン | ダイナミックレンジ | 入力数 | 特徴的な機能 |
|---|---|---|---|---|---|
| UAD VOLT 2 | ¥27,842 | 55dB | 112dB | 2 | ヴィンテージモード |
| FOCUSRITE Scarlett 2i2 (gen.4) | ¥28,600 | 69dB | 116dB(マイク入力) | 2 | エアモード、オートゲイン |
| MOTU M2 | ¥35,970 | 60dB | 115dB(入力) | 2 | フルカラーLCDメーター |
| SSL2MKII | ¥38,940 | 64dB | 116.5dB(マイク入力) | 2 | PureDriveプリ、4Kモード |
| ANTELOPE Zenith 2 | ¥42,900 | 75dB | 最大123dB | 2 | 内蔵DSPエフェクト |
数値はあくまで目安です。実際には付属ソフトや操作感、音のキャラクターまで含めて選ぶことになるので、ここからは1機種ずつ僕の印象を交えて紹介していきます。
UAD VOLT 2:最初の一台として一番バランスがいい

5機種の中で一番手に取りやすい価格でありながら、UA(Universal Audio)というプロ機材メーカーの安心感があります。UAはもともと高級なスタジオ機材やプラグインで世界的に知られているブランドで、その入門ラインがこのVOLTシリーズです。マイクプリのゲインは55dBと数値上は今回の中で控えめですが、コンデンサーマイクで歌う分にはまず困りません。
僕がこの機種を推したい一番の理由はヴィンテージモードです。ボタンひとつで、往年の真空管マイクプリのような少し太く色気のある質感が声に乗ります。デジタルでクリアに録るのも良いのですが、声がやや細く感じる人や、録りの段階でひと味足したい人には魔法のようなスイッチです。
さらに見逃せないのが付属ソフトの充実ぶりです。UAD Exploreという無料プラグインバンドルが付いてきて、その中にはMIXの世界で定番中の定番と言える1176(FETコンプ)やLA-2A(真空管コンプ)といった名機を再現したコンプレッサーが含まれています。これらは歌ってみたMIXでも本当によく使うので、ボーカル処理の第一歩を踏み出す環境がそのまま手に入るのは大きな魅力です。とにかく失敗の少ない、迷ったら最初に検討してほしい一台です。
なお、先ほど「下位機種はおすすめしない」と書きましたが、VOLTシリーズに関しては、VOLT2もVOLT1も音質面でのスペック的には同じです。
入力数の差だけなので、マイク1本入力で構わない場合はVOLT1も視野に入れていいかもしれません。
FOCUSRITE Scarlett 2i2 (gen.4):定番中の定番

歌ってみた界隈で一番見かけるのが、このScarlettシリーズです。「初めてのAIF」と検索すれば必ず名前が挙がる、まさに定番機。第4世代になって、マイクプリのゲインレンジが69dBと今回の中でもトップクラスになり、増幅をたくさん必要とするダイナミックマイクにも対応しやすくなりました。
初心者に本当にうれしいのがオートゲイン機能です。試しに10秒ほど歌うと、AIF側が適切な入力レベルを自動で設定してくれます。録音レベルの調整は、最初に必ずと言っていいほどつまずくところで、小さすぎればノイジーに、大きすぎれば音割れ(クリップ)してしまいます。その勘所を機械が助けてくれるので、録音そのものに集中できます。高域に軽やかさと抜けを加える「エアモード」も搭載していて、声をきらびやかに録りたいときに重宝します。
付属ソフトも手厚く、Hitmaker ExpansionにはFocusrite自身のプラグイン群に加えて、Cubase LE、Ableton Live Lite、Pro Tools Intro+といったDAW(録音・編集ソフト)まで含まれます。つまり、これ一台を買えばその日のうちに録音から編集まで始められるわけです。何を買うか本気で迷ったら、これを選べばまず後悔しません。
MOTU M2:とにかく音が良くてメーターが見やすい

価格は少し上がりますが、M2は音質への評価がとにかく高い一台です。高性能で知られるESS社製の変換チップを積んでいて、入力で120dBという今回トップクラスのダイナミックレンジを誇ります。
マイクプリ自体のノイズの少なさを示すEIN(入力換算雑音)も-129dBuと非常に優秀で、静かで澄んだ録り音が期待できます。素直な音質と低ノイズが噛み合って、後から処理する側としても扱いやすい素材が録れます。
音のキャラクターは色付けの少ない素直でクリアな傾向で、声をありのままに、変な脚色なしで記録したい人に向いています。MIX師目線でも、素材が素直だと後の処理がやりやすくてありがたいんですよね。
本体前面のフルカラー液晶メーターも見やすくていいですよね。入力レベルが大きく見やすいバーで表示されるので、録りすぎ(クリップ)を一目で察知できます。
レベル管理が不安な初心者ほど、この「目で見て分かる」安心感の恩恵を感じるはずです。
付属ソフトはPerformer LiteとAbleton Live Lite。プラグインの豪華さでは他機種に一歩譲りますが、純粋な音の良さと使い勝手で選ぶなら、非常に強力な選択肢です。少し予算に余裕があって、何より音質を優先したい人にぜひ。
SSL2MKII:名門コンソールの血を引くマイクプリ

SSL(Solid State Logic)は、世界中の名だたるスタジオで使われてきた大型ミキシングコンソールの名門ブランドです。数えきれないヒット曲がSSLの卓を通って世に出てきた、と言えば凄みが伝わるでしょうか。そのSSLが自ら手がけたマイクプリ「PureDrive」を積んでいるのが、このSSL2MKIIです。
このプリの面白いところは、クリーンな状態と、アナログ的な倍音を加える「4Kモード」を切り替えられる点です。これはプロスタジオで使われる大型のミキサーコンソールをシミュレートした音質を付加するスイッチと考えてください。

参考:SSL 4000 コンソール
4Kボタンを押すと、音にきらめきと厚みが乗って、声がぐっと前に出てきます。歌ってみたでは主役のボーカルを目立たせたい場面が多いので、録りの段階でこの質感を足せるのは強い武器になります。MKIIになって入力のダイナミックレンジが116.5dBへ向上し、ノイズ性能もしっかり磨かれました。マイクプリ自体のノイズの少なさを示すEIN(入力換算雑音)は-130.5dBuと、今回の5機種の中でも特に静かで、マイクプリそのもののクオリティはトップクラスです。小さな声や息づかいを録っても余計なノイズが乗りにくいので、繊細なボーカルほどこの静けさが際立ちます。
そして特筆すべきが付属のSSL Production Packです。これがとにかく豪華で、ボーカル処理に便利なVocalStrip 2をはじめ、ミキシング用のDAW(Mixbus)やサードパーティ製プラグインまで幅広く含まれ、単体で買えば本体価格を超えるほどの内容です。少し背伸びしてでも、プロの質感と充実したソフト環境を一気に手に入れたい人向けの一台です。
ANTELOPE Zenith 2:ゲインと多機能で攻める高音質の実力派

最後は、やや個性的な存在のZenith 2です。Antelopeは高精度なクロック技術やプロ向けインターフェイスで知られるメーカーで、その技術が入門機にも惜しみなく投入されています。最大の魅力は、マイクプリのゲインが75dBと、今回の5機種で最も大きいこと。SM7Bのような、たっぷり増幅しないと本領を発揮しないダイナミックマイクを使いたい人には、これ以上ない心強い数値です。ダイナミックレンジも最大123dBとトップクラスで、スペックだけ見れば頭ひとつ抜けています。
公式にも高価格帯の機種である「Orion Studio Synergy Core(427000円!)」と同等のディスクリートマイクプリ搭載とあります。この価格帯の製品として、音質面では正直異次元です。
加えて本体にDSPエフェクトを内蔵しているのも面白いところ。録りながらコンプやEQ的な処理をかけられるVoiceモードなどを備えていて、配信や弾き語りも視野に入れている人には実用的です。付属ソフトには本格的なDAWであるBitwig Essentialsなども含まれ、制作環境もしっかり整います。ゲインの余裕と多機能を一台に詰め込みたい、欲張りな人にぴったりです。
どれを選ぶか、最後は使い方しだい
ここまで数値や機能を並べてきましたが、正直なところ、今回の5機種ならどれを選んでも録音の入口として大きく外すことはありません。その上で僕のざっくりした見立てを言うなら、コスパと安心感ならVOLT 2、定番の使いやすさと付属ソフトの手厚さならScarlett 2i2、音の素直さと音質ならM2、プロの質感とソフトの豪華さならSSL2MKII、高価格帯の機種レベルの高音質に、ゲインの余裕と多機能ならZenith 2、といったところです。
数値はあくまで出発点で、最終的には自分の声と、使いたいマイク、作りたい音に合うかどうかが何より大事です。可能なら店頭で実物に触れてみたり、お気に入りの歌い手さんが何を使っているか調べてみたりすると、ぐっとイメージがつかみやすくなります。最初の一台は、これから何百回と一緒に録音をする相棒になります。じっくり選んで、良い出会いがありますように。