概要

Cinematic Rooms は、イギリスの LiquidSonics(開発者 Matthew Hill 氏)が手掛けるアルゴリズミック・リバーブである。同社は畳み込み(コンボリューション)系の名作 Reverberate や、Bricasti M7 を題材とした Seventh Heaven、プレートリバーブの Lustrous Plates などで知られるが、Cinematic Rooms はそれらとは異なり「本体はアルゴリズミック、ただし初期反射の一部にコンボリューション的な要素を取り込む」というハイブリッドな設計になっている。

最大の特徴は、名前が示すとおり「部屋(ルーム)」の再現に軸足を置いていることと、サラウンド/イマーシブ制作への本格対応である。ステレオはもちろん、5.1/7.1 系から Dolby Atmos の 7.1.6、さらに Nuendo などでは 9.1.6 といった高チャンネル数フォーマットまでを扱える。ロンドン、LA のスコアミキサーのスタジオや映画・映像のポストプロダクション現場で広く採用されており、透明感のある部屋鳴りを高精度で作れるリバーブとして定評がある。

音楽制作の視点で見ても、Cinematic Rooms は「派手に鳴る大ホール」よりむしろ、気づかれないほど自然にソースへ空気感を足す短めのアンビエンスや小部屋の表現で本領を発揮する。Sound on Sound のレビューでも、他機では金属的・不自然になりがちな短いリバーブ領域で、本機は「ますます繊細な空気感やリッチさを加える」と高く評価されている。

標準版(Standard)と Professional の違い

Cinematic Rooms には Standard と Professional の2エディションがあり、リバーブエンジン自体は共通で、両者とも 7.1.6 までのチャンネル数に対応する。同じ設定にすればサウンドはほぼ同じになる。違いは「どこまで細かく空間を作り込めるか」という制御の深さと、プリセット数にある。

項目 Standard Professional
リバーブエンジン/最大チャンネル数 共通・7.1.6まで 共通・7.1.6まで
サラウンド・エディティング・プレーン なし あり(本機最大の目玉)
クロスフィード制御 なし あり(Level/Delay/Roll-off)
初期反射の追加制御(Diffusion・Width・Pattern) 限定的 フル装備
コンター周波数の可変 固定値 可変
遅延(Echo/Delay)ライン なし あり
ポストEQ なし あり
コーラス(v1.1〜) なし あり
ダイナミクス(ダッカー/ゲート、v1.2〜) なし あり
プリセット数 約80 300以上(ポスプロ向け・アーティストプリセット含む)

ステレオでの音楽ミックスが主用途なら、Standard でも十分に高品位なルームリバーブとして機能する。一方、Atmos などのイマーシブ環境で空間を三次元的に作り込みたい場合や、ポストプロダクションで音源の定位に反応する空間表現が必要な場合は、Professional の独自機能が大きな意味を持つ。なお、後から Professional へアップグレードでき、Professional は Standard で作ったセッションもそのまま開けるので、迷ったら Standard から入るという選択も現実的だ。

パラメーター解説

Cinematic Rooms は、初期反射(Early Reflections)とリバーブテール(Reverb Tail)を分けて扱う、正統派アルゴリズミック・リバーブの構成をとる。基本的なツマミは他機を触ったことがあれば直感的だが、独自の名称・挙動を持つパラメーターがいくつかある点に注意したい。

パラメーター 所属 役割
Reflectivity 初期反射 仮想空間の反射の強さ。硬い壁か吸音された空間かの質感を決める
Diffusion 初期反射 反射音の拡散度。Proでは Width・Pattern と併用可能
Size 初期反射 反射音同士の間隔=空間の大きさ感
Proximity 初期反射 音源の見かけの位置。Adjacent(至近)〜 Far(遠方)〜 Reverse まで可変
Pattern(Pro) 初期反射 反射の並び方。Nonlin U など非線形的な設定も選べる
Reverb Time テール 残響時間。最長45秒、無限残響(Infinite)も可能
Pre-delay テール 原音から残響が立ち上がるまでの時間(テンポシンク可)
Bloom テール 残響の立ち上がり(膨らみ方)を形作る
Undulation(Pro) テール 長いテールに微妙な揺らぎ・動きを加える。通常のLFO変調とは異なる質感
Modulation/HF Roll-off 両セクション 変調量と高域の減衰(一般的な挙動)
X-Feed(Pro) 両セクション チャンネル間の残響の伝わり方を Level/Delay/Roll-off で制御

特筆すべきは Proximity である。プリディレイだけでは表現しづらい「音源が空間内のどの位置にあるか」を、より自然でニュアンス豊かに設定できる。Adjacent から Far、そして Reverse まで連続的に変化させることで、単に遠近を付ける以上の立体感が得られる。

もうひとつ、Professional の初期反射に用意された Nonlin U は、残響のダイナミクス・エンベロープを反転・平坦化させる「非線形リバーブ」を、それでいて不自然にならない範囲で作れるユニークな設定だ。Sound on Sound のレビュアーも「こんな芸当ができるリバーブは他に知らない」と述べており、通常なら特殊効果扱いになる非線形リバーブを、リードボーカルに違和感なく使えるプリセットが複数あると評価している。

サラウンド・エディティング・プレーンとクロスフィード

Professional を象徴する機能が「サラウンド・エディティング・プレーン(reverb planes)」である。Standard ではすべての設定が全チャンネルに一律で適用されるが、Professional では前方・後方・サイド・上方といった各ステレオ「面」ごとに、パラメーターを個別に切り離して変化させられる。

たとえば「屋根のない細長いホール」を想像してほしい。床からの初期反射を除けば垂直方向にはほとんど残響がなく、左右方向と前後方向の響きも性格が異なるはずだ。こうした空間を、面ごとにリバーブタイムやEQ、初期反射とテールのバランスを変えることで再現できる。各面は画面右上のディスク状インジケーターで表され、その面で何個のコントロールがグローバルから独立しているかが数字で示される。プレーンは相対的に定義されるため、マスター側の残響時間やカットオフを動かすと各面もそれに追従し、空間としての一貫性が保たれる設計になっている。

もう一方の要が「クロスフィード制御」だ。これはポストプロダクションのエンジニアとの対話から生まれた機能で、音源のパンにリバーブの定位を追従させることを狙っている。一般的なサラウンドリバーブでは、音源を左に振っても各チャンネルの残響レベルがほぼ一定で、パンに対して残響が反応しない。Cinematic Rooms Professional では、クロスフィードの Delay・Level・Roll-off を設定することで、他チャンネルへ回り込む残響をより遠く・より控えめに聴かせるといった調整ができ、パンに反応する動的な空間表現が可能になる。オートメーションと組み合わせると、トンネルを近づいてくる足音のような映像的表現が一気に生きてくる。

これらの機能はイマーシブ/ポスプロ向けが主眼だが、ステレオ制作でも「使い倒す」ことで複雑で面白い空間を作れる、というのが開発者の案内である。

定番テクニック・実戦での使い方

音楽ミックスでまず試したいのは、短めのアンビエンスとしての使い方だ。Reverb Time を短く抑え、初期反射と Proximity を丁寧に追い込むと、バイパスするまで存在に気づかないほど自然に音源へ空気感を足せる。Sound on Sound が「かけていることに誰も気づかないが、切ると寂しくなる」タイプのリバーブとして本機を挙げているのは、まさにこの領域の完成度による。ボーカルや弦、アコースティック楽器の質感付けに向く。

大きな空間が欲しいときは、Chambers 系のプリセットが音楽ミックスの出発点として優秀だ。レビューでも「実在のリバーブチェンバーでこれほど甘い響きのものは稀」と評される Helios Chamber などが引き合いに出されている。最長45秒+無限残響まで伸ばせるため、現実的なコンサートホールから壮大なホールまで幅広くカバーする。

Professional 限定になるが、リードボーカルに非線形系のプリセットを当てるのも一手だ。通常は特殊効果になりがちな設定が、本機では自然な余韻として機能する場面がある。数値はあくまで出発点であり、最終的には耳で判断してほしいが、Undulation を長いテールに少量足すと、機械的なLFO変調とは違う有機的な揺らぎが得られる。

なお、Professional には相関のあるソースへ同じリバーブをかける際のための「デコリレーション・コーディング(decorrelation coding)」という凝った機能もある。複数インスタンスに異なるコーディングを割り当てることでコムフィルターを避けられるが、Sound on Sound のレビュアーは「実用シーンを見つけるのに苦労した」とも述べており、多くの音楽制作者にとっては使いどころが限られる高度な機能と考えてよい。

プロ・ユーザーの評価

Sound on Sound は本機を「最高級のアルゴリズミック・サラウンドリバーブ」と総括し、音質の高さ、初期反射への並外れた作り込み、サラウンド/ポスプロにおける reverb planes の有用性を長所として挙げている。同時に唯一の弱点として「トラッシュで荒れた、あるいは金属的・人工的なリバーブは作れない」ことを指摘している。どんな設定にしても本機は破綻せず上品に鳴ってしまうため、ローファイで汚れた響きが欲しい人には別の製品を勧めている。これは短所というより設計思想の裏返しで、常にハイファイに整った空間が得られる点こそが本機の性格だ。

開発元の情報によれば、Cinematic Rooms はリリース後の数年でロンドン・LA を中心とする一流のスコアミキサー・スタジオに広く定着し、世界的な作曲家からも支持されているとされる。特定の著名アーティストの実名での言及については裏取りが難しいため、ここでは「ハリウッド系スコア/ポスプロ現場での採用実績が広く報告されている」という水準で受け止めておくのが妥当だろう。

こんな人におすすめ

サラウンドやイマーシブ(Dolby Atmos、ハイオーダー・アンビソニックス)で作業する作曲家・スコアミキサー・ポストプロダクションのエンジニアには、reverb planes とクロスフィードの深い制御が他機にない武器になる。この用途なら迷わず Professional を選びたい。

ステレオの音楽ミックスが中心なら、透明で自然なルームリバーブを求める人にこそ向く。とりわけ「気づかせずに空気感を足す」アンビエンス用途、ボーカルや生楽器の質感付けで力を発揮する。この用途であれば Standard でも十分に満足できる。

一方で、荒々しく個性の強い響きや、あえて汚したローファイなリバーブが欲しい人には本機は向かない。その場合はキャラクターの立ったプレート系や、意図的に破綻させられる別系統のリバーブと使い分けるのが賢明だ。競合としては、サラウンド対応という切り口では Flux の IRCAM Verb や Exponential Audio 系が近い立ち位置にあり、ステレオ用途では Lexicon、Relab、FabFilter、Sonnox といった高品位アルゴリズミック機が比較対象になる。

システム要件(System Requirements)

  • 対応OS:Windows 7 以降/macOS 10.13 以降。Apple Silicon ネイティブ対応(v1.1.2〜)。
  • 対応フォーマット:VST(VST2.4)、VST3、AU(AUv2)、AAX Native。
  • 対応チャンネル数:ステレオ〜7.1.6(Nuendo など一部ホストでは 9.1.6 まで)。※ Pro Tools はネイティブでは 7.1.2 まで対応のため、7.1.4/7.1.6 では回避策が必要。
  • 対応ホスト:Pro Tools、Cubase/Nuendo、Logic Pro、Studio One、Live、DaVinci Resolve など主要DAW/NLEに対応。
  • 認証方式:iLok アカウントによる認証が必要(マシン認証/iLok USB キーいずれも利用可)。
  • ストレージ:約200MB の空き容量(アルゴリズミック中心のためIRライブラリは小容量)。

いずれも執筆時点で判明している情報に基づく。仕様・対応バージョンは更新により変わり得るため、導入前に必ず公式および販売店の製品ページで最新情報を確認してほしい。

出典

※価格は変動するため本文では扱っていません。最新の価格・エディション構成・バンドル情報は公式サイト(LiquidSonics)および正規取扱店の製品ページをご確認ください。